道1本の格差社会

 
 

道1本の格差社会とは


日本でも、持つ者持たざる者の格差の拡大が問題になってきていますが、まだ、海外のように、あからさまな格差は生じていないと思われますが、海外では、都市の中の経済格差が一目でわかり、道路、運河、柵などが土地を分断し、上や下の写真のように富裕層と貧困層を隔てる境界になっています。
インド、ムンバイの整然とした開発地に隣接する掘っ立て小屋。
米国デトロイトの空き地が目立つ地区の隣で対照的にどんどん発展して行く地区。
南アフリカの裕福なコミュニティーの周りに張り巡らされた電気柵。
これらの光景は、人工的なものであれ自然の地形によるものであれ明示的に作られた境界が、いかに都市内の格差を広げていくかを示しています。
 
南アフリカ、テンビサの住宅団地(左)とブシムジの非公式居住地(右)をムーイフォンテン墓地が隔てる。(PHOTOGRAPH BY JOHNNY MILLER)

 インド、ムンバイ。ミティ川沿いのスラム。この都市には27階建ての超高級マンションとアジア最大のスラムが同時に存在する(PHOTOGRAPH BY JOHNNY MILLER)
 
 メキシコ、メキシコシティの貧しいラ・マリンチェ地区は裕福なコミュニティと隣接している(PHOTOGRAPH BY JOHNNY MILLER) 
 
 米国デトロイトのジェファーソン・チャーマーズ地区と、運河で隔てられた隣のグロス・ポイント・パーク地区(PHOTOGRAPH BY JOHNNY MILLER)
 
湿地の向こう側、マシフメレレから数百メートルの距離にある豊かなミシェル湖コミュニティを囲む電気柵(PHOTOGRAPH BY JOHNNY MILLER )
 

格差確定による居住地制限

  
上記の写真で分かるように、まだ、日本では、本格的には始まっていないと思いたい居住区の分離という私たち人間が生きていくために重要となる、衣・食・住の「住まい:住む場所」が制限されるという格差が当たり前のように存在しており、これは、アメリカのような先進国でも同様です。

実は社会主義の日本

 
頑張った者と頑張らなかった者に格差が生じるのは当然であり、格差が生じなければ頑張る者も出てこなくなり、それでは、社会主義社会(今の日本)になってしまいます。
イギリスのように産まれによって確立される格差と本事業で指摘している格差は、根本的に違うモノであり、産まれた環境を理由にできない格差といえますので、自身の努力次第で解消できる格差といえます。
日本は、社会主義の国 (社会主義色が非常に強い民主主義の国)なので、あからさまな格差が今の段階では生じていないだけという論文もあり、今後、どうなるかは誰にも予想はできませんが、何らかの要素で日本が本当の意味での民主主義社会になった場合、今よりも激しい格差が生じるのは確実であり、その場合、今の日本の政治を見ている人たちは、海外よりも、ひどい状態(無秩序の格差社会)になる可能性が高いです。

道1本の格差社会について

 
 道1本の格差社会は、同じ地方自治体内での居住区の格差ですが、これからの日本で起こるであろう格差は、地方自治体間で起こることになります。
しかし、国内での格差はマシという事態(日本という国の没落)も予想されており、その時の社会保障システム等の崩壊が危惧されています。
一部の富裕層を除く国民の殆どが没落することのないように、今の段階から自己防衛の手段を考え、その時に備えておく必要があります。