日本を襲う餓死リスク

  
 
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日本を襲う餓死リスクとは


日本は、国民を養うために必要となる最低限の食料(穀物)ですら、大部分を輸入に頼っており、世界でも、最悪レベルで国家安全保障(食料の確保)に対する考えが甘い国になります。
これは、かなり前から言われ続けていますが、今までの日本は「お金持ちの国」でしたので表現は悪いですが、お金」で食糧問題も解決してきました。
これからの日本は、急速に進む高齢化と少子化により、生産年齢人口の減少、国際競争力の急激な下落により、今までのように、お金で解決することが難しくなっていきます。
これは、水問題でも同様ですが、これからの日本は、お金が無い国になりますので、食料(穀物)同様に水の輸入量も世界一である日本は今までのように足りない分を、お金で買うというわけにはいきません。
そうなった場合、国民が必要とする食料(穀物)や水を国内でまったく賄えない日本国内でおこるのは、食料や水の価格の高騰と国の社会福祉で救いきれない人達の食料・水不足=最悪、餓死になりますが、その段階でも、政治家は自己保身を優先し、具体的な問題解決策を見いだせないまま、時間を無駄に浪費し被害者(餓死者)だけが増え続けることになると思います。

本来の農業の目的

 
昔から、世界中の国々にとって自国
内の農業の存在目的は、すべての国民の食料(穀物)需給に対する需要を満たすことであり、簡単に表現すると、国民を飢えさせないことが農業の本来の目的でした。
これは、食料安全保障の確保と同意義になりますから、本来の農業は、利益の優先順位は下位になりますが、
日本はどうかというと、日本では、利益追求型の株式会社等の農業への参入が増加の一途であり旧来型の食料安全保障を目的とした農家が次々に廃業に追い込まれています。
国民を飢えから守ることを目的とする旧来型農業の衰退と利益追求型の農業のシェア(生産量)バランスが利益追求型に大きく崩れた場合、利益追求型農業では、利益率の高い農作物を集中的に栽培するようになり、人間が必要とする穀物の国内生産量が、今よりも大きく偏ることが予想されます。
これは、利益追求型農業が拡張するのが悪いということではなく、すべての国民の食料安全保障が満たされるのであれば、農作物の生産量を増やすことにより、現在のような大幅な食糧輸入国から食糧輸出国に変貌できるチャンスが見いだせるのであれば、利益追求型農業を、どんどん拡張すべきだと思いますが、現在の日本は、利益追求型農業の数が増えて生産量は増えているのに、旧来型農家の廃業ラッシュにより食料自給率が改善されていないのが大問題ということになります。

利益追求型農業の行きつく先


日本は、情けないレベルの自国の食料自給率を顧みずに、国家戦略(亡国戦略)として利益追求型農業へのシフトを進めており、農林水産省などは、農家の所得倍増を掲げ、農業の6次産業化を推進していますので、国家レベルで危機意識が欠落しているとしか言えません。
日本よりも穀物自給率が高い
他の先進国のほとんどは、食料安全保障を維持するために、農家に農業を継続してもらう必要があるので、農家の所得の大半を税金で負担して農家を守っています。
これが、日本のように、農家への所得補償制度も中途半端で、政策的にも、農家の自主性に依存する形だと農地を所有する農家の高齢化により農地が売却され商業地や住宅地に転用されてしまいます。
他にも、農家が農業を止めることにより耕作放棄地問題や荒廃農地問題が生じ、現在では、再生可能エネルギーの代表格である太陽光発電の設置場所になってしまっています。
こうなってしまうと、実際に、外国から食料(穀物)の輸入が停まり、国内で農作物の生産を再開しようとしても、畑や田んぼがないので手の打ちようがありません。
つまり、
食料安全保障を確立させるには、農地が農地であることが重要であり、他にも、農地で実際に農業を営む人材が存在していることが絶対条件であり必要不可欠になります。
今の日本で、農家に農業を続けてもらうには、極端に言えば、農家の所得の100%を税金で支払う覚悟が国としても求められており、そのぐらいしないと、食料安全保障を確保することはできないと言えます。
このように、今の日本が行っている農業政策は、全て的外れであり、日本の農業(食料「穀物」自給率の向上)の未来は暗いとしか言えません。

穀物の自給率


20150821-1
                                             2011年 主要国の穀物自給率(単位:%)

食料安全保障面で、特に、重要なのが穀物の自給率になりますが、でんぷん質を主体とする穀物は、保存もきくので自国民の命を繋ぐという意味では、超・戦略物資になりますが、日本の穀物自給率は、わずか28%しかなく、これでは、日本が、お金が無くなるという要素の他に世界的に問題が生じ食物(穀物)の輸入が停滞した場合、日本国内では、目を負いたくなる事態に陥る可能性があります。日本でも、主食であるコメの自給率は100%を超えていますが、小麦、大豆、トウモロコシといった主要穀物については、圧倒的に輸入に頼っていますので、世界的な食糧危機の際は、代表的な食品では、パンやパスタ等を食べられるのは日本では限られた人だけになります。
他の主要国を見ると、イギリスは、生産額ベース自給率では日本よりも低いですが、穀物自給率は100%を超えていますので、イギリスと日本を比較した場合、どちらが国民の生命を繋ぐ食料安全保障について真剣に考えているかは、一目瞭然です。
また、日本への穀物に関する最大の輸出国はアメリカであり、日本は、アメリカに、国民の胃袋の大部分を握られているのと同然ですが、アメリカから入ってくる穀物の安全性は、非常にリスクが高いので、世界的な食糧危機の際は、いずれにせよ、日本国民は苦しむことになります。

 日本を襲う餓死リスクについて

日本の政治家や役人は、自国民の生活(食料の確保)を守る義務があるという自身の最低限の役割や農業(農家)の維持は、食料安全保障上で最重要項目であるということを全く理解していない職業政治家や浮世離れした感覚しか持ち合わせていない役人が溢れかえっており、これは、今回の新型コロナウイルス感染拡大問題でも明らかになっています(それ以外でも多数ありますが・・・)。
日本のように、ただでさえ危機的に低い国内の食料(穀物)自給率を更に低くさせるような
付加価値がある作物・農業の6次産業化を補助金を使って強力に推進し、多くの農家が、所得向上のために、6次産業化などにシフトチェンジしてしまった場合、その後、どのタイミングになるかは関係なしに海外からの食料(穀物)の輸入が途絶えたら、どうなるかは、子供でも想像できることですが、今の日本の政治家や役人は、海外からの食料(穀物)の輸入が止まることなどありえないと最低限持ち合わせていなければならないリスクヘッジという観点が完全に抜け落ちており、結果、愚かな方針を示し続けています。
これでは「国民の食料の確保はできるのか?」ということを政治家も役人は、誰も真剣に考えていないと思われても仕方がないことになり、政治家や役人に最も重要な要素である想像力の欠如が招く悲劇である国民の餓死へと日本は突き進むことになります。
今の日本は、自ら率先して自国民を守るために必要な食料安全保障を放棄して、利益追求型農業への切り替えを推奨していますので、農家が、利益追求型農業へとシフトしていった場合、日本国民に待ち受けている未来は大多数の国民の餓死になります。
豊かな食材や食料が溢れかえっている今の日本に生きている私たちには、食糧危機問題は、理解も想像もできない空想の世界に思えるかもしれませんが、私たちの子供や孫の代で、その悪夢が現実化することを防ぐ努力をする義務が、今の日本に生きる私たちの責務と言えます。
そのためには、日本を亡国に貶めようとする職業政治家を、これ以上、国政の場に送り込まないよう国民が、もっと政治に関心を持つべき時(タイムリミット)になった、と言えます。